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zoom RSS 重松宗育著『星の王子さま、禅を語る』

<<   作成日時 : 2017/03/21 13:27   >>

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●心に留まった言葉
◆泥棒の親子が、ある家に忍びこみ、
まんまとお金を盗みだすのに成功しました。
二人が、家の外に出たとき、親が言いました。
「おい、誰にも見られなかっただろうな」
子が答えました。
「父ちゃん、お月さまが見ているよ」
◆この一本勝負、子の勝ちです。
誰も見てなくても、あの月が見ている。
悪いことをしたのを、この宇宙が見ている。
しかしこの泥棒は、
人間にさえ見られなければそれでいいのです。
泥棒にとって問題なのは、他人の目だけです。
ただ、もう一歩進んで、
「それに父ちゃんが自分で見てるじゃないか」と答えたら、
この話はもっと面白くなる。
◆他人の目はごまかせても、大宇宙はごまかせない。
それに肝心の自分自身が、一部始終をよく知っているのです。
自分にとって、自分が一番大事なら、
自分自身に見られてしまったことこそ、最大の問題のはずです。
◆宗教にとって肝心なのは、
大いなるもの、絶対なるものと自分自身との関係であって、
本質的には他人の目などどうでもいいのです。
一人この世にやって来て、一人この世を去って行く。
そんな、たった一人の自分自身のありようこそ問題だからです。
肝心なのは、「主人公」のありようであって、
禅僧が「慎独」(ひとりをつつしむ)という言葉を大切にするのは、
このためです。
一人でいる時こそ、最も自分に厳しくありたいと願うのです。
【第四章 主人公】
(感想)
「肝心なのは、
大いなるもの、絶対なるものと自分自身との関係であって、
本質的には他人の目などどうでもいい」
これは、
私のこれまでの数学指導及び自らの学習経験を通じて観てきた事実と
ぴったり符合します。
数学上達の鍵は、
<数学という真理および自分自身とどれだけ真摯に向き合えるか>
そこにかかっているのではないか。
数学を不得手とする人の多くは、
点数という単なる結果や有名校合格などといった目先の御利益…等々、
数学の本質とは直接関係のないことへの意識・欲望が強すぎるために、
邪道への誘惑に振り回されて右顧左眄するばかりで、
数学そのものの中に自らを投じ、
その中で格闘する自分自身をしっかり見つめて活路を見出そうという
誠実な心構えが欠如しているように思います。
「己と真理のみを頼りにして迷いを脱せよ」
数学は我々にそう訴えかけているのかもしれません。
あゝ、これはまさにお釈迦様の遺言「自灯明・法灯明」じゃないですか!

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